2015年6月16日

本棚ツアー -背景本を探せ- 米田智彦 with アサダワタル+後藤哲也

3月のスタンダードブックストアでのイベント
「本屋でこんな妄想は実現可能か!?」 トーク&ワークショップ 仲俣暁生×アサダワタル×中川和彦 –
スタンダードブックストアでのイベント「本屋でこんな妄想は実現可能か!?」にゲスト参加

で発表させてもらった「背景本」や「本棚ツアー」。
アサダワタルさんが興味持ってくれて「ツアー」の実験をすることに。
6/29 12:00 『僕らの時代のライフデザイン』出版記念 米田智彦×アサダワタル×後藤哲也 –
このイベントのプレとして実施することになりました。ゲストの米田さんは東京から朝早く来ていただくことに…。

実験の場とさせていただいたのは、スタンダードブックストアです。この本屋さんは、本棚のレイアウトや中身がしょっちゅう入れ替わること、併設のカフェに本を持ち込めるため、そのことでも本の出し入れが発生し、行く度に違った本棚の風景を見ることができます。

背景本

背景本—人にも本にも場所にも「背景」となる本(棚)がある。
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著者や著書の「背景」となる本を知ることで、トークイベントのお客さんにもより立体的に伝わるのではと思い企画しました。

僕らの時代のライフデザイン 自分でつくる自由でしなやかな働き方・暮らし方
僕らの時代のライフデザイン 自分でつくる自由でしなやかな働き方・暮らし方

「僕らの時代のライフデザイン」は、米田さんが2011年に行った、NOMAD TOKYO
「家もオフィスも持たず、トランク一つで東京を遊動し、都市の機能をシェアしながら「旅するように暮らす」を目的とした生活実験プロジェクト」と、そこで出会った人たちから得た気づきがまとめられています。
「セルフデザイン」「ワークデザイン」「リビングデザイン」「キャリアデザイン」「人生設計」という章立てになっています。

本棚ツアースタート

米田さんが最初に立ち止まったのは、入口から右手にあるお笑い・サブカル棚。
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米田「ご存じ映画評論家の町山智浩さんの本。
映画そのものとその背景を詳細に語りながら、さらに自分の人生を投影して語るような、ストーリーテリングができるんだというのが町山さんの本の驚きでした。
その方法論は、自分の創作におけるアイデンティティまでに関わると言ってもいいほどです。
町山さんが紹介している映画を観てしまうと、町山さんの話の方がおもしろいっていう、不思議な。
そういう意味ではすごい影響を受けている。」

 

アサダ「物語を変えていくというか。」

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米田「『葉隠入門』好きですね。三島由紀夫は好きですね。肉体を精神で凌駕しようとした営みは切なさがあります。」

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米田「勝新太郎伝である『偶然完全』。これも素晴らしい本ですね。三島とは真逆の運動神経とひらめき、感性だけで走り抜けた人。最近の本ですね。」

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「村上龍と坂本龍一 21世紀のEV.Cafe」

米田「小学校のときに、このEV.Cafeの83-84年頃の版があって、山口昌男さんや、浅田彰さんなどいわゆるニューアカデミズムの学者さんたちとまだ当時30代の龍さんと坂本さんが語らってた。これはすごい影響を受けた。確実に僕のバックボーンのひとつです。」

古い方のEV.Cafeの文庫版です。
EV.Cafe 超進化論 (講談社文庫)
EV.Caf  超進化論 (講談社文庫)

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米田「みうらさんには、絶対に、かなわないという気持ちにさせられてしまいます。ひれ伏すしかない(笑)。
みうらさん、思いつきでやってるようで、企画を立ててがっつり営業しているところがえらいですよね。
親孝行や、マイ仏教を、出版社の人に、おもしろいよって、プレゼンして、あきらめずにちゃんと作品としてアウトプットしてる。
普通だったら飲み屋での話なんだけど、それを懲りずにやり続ける。ちゃんと本にするところに感銘を受けます。」

 

アサダ「みうらさんは、前後というか、前に企画プレゼンして、とりあげた企画の後の流行とか、続いていくものの中で、生まれていくシーン。シーンを作っていく。」

 

米田「大学生の頃から密かに参考にしていましたね。身近なものでブームっていうか、ジャンルをつくるっていうか。」

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米田「たけしさんなんて、もう、語り出したら止まらないですね。」

 

サトウ「よくできた棚ですね(笑)」

 

アサダ「この棚だけで終わってしまう(笑)」

 

米田「ビートたけしさんの影響はほんとでかいですね。THE MANZAIオールナイトニッポン の、ど真ん中ブームが、小学1年生とか2年生ぐらいのときで、その時に他にも漫才師は山ほどいたんだけど、子どもながらに、この人は他の人と違う、って思ってて。
小学校2~3年頃に、22時ぐらいに寝て、深夜の一時に目覚ましかけて、夜中に起きてオールナイトニッポンを聞いてたんです。」

 

後藤「僕は米田さんと一つしか違わないけれど、相当それは早いですね。たけしさんはやっぱりひょうきん族ぐらいのイメージで。お笑いの全盛期は知らないですね。」

 

米田「オールナイトニッポンで、小学校6年生からのハガキが読まれた時に、「小学生が夜中にこんなもの聞いてるのかよ!」ってたけしさんが言ってるときに、僕小2だったんです(笑)。すっごい影響受けてますよ。語るのが憚られるぐらいに。
談志さんなんかは、僕は60年代、70年代はリアルタイムで聞けてないんで、たけしさんが談志さんに弟子入りしたってことで、談志さんも聞くようになったっていう、その順番ですね。」

 

米田「いとうせいこうさんとかも、80年代、編集者兼ラッパーってところは影響は受けたし、確実にアイデンティティに入ってますね。あと司会者業ですね。虎の門とか。

後藤「お笑いを単純におもしろいとストレートに思ってるのか、それとも視点を切り替えるものとしておもしろいと思っているのでしょうか。」

 

米田「そうですね。着目点は、編集者として観てるってところと、ライブアーティストとしてみてるところと両方あって、瞬発的に切り返すのはラジオとかで学んだのだと思います。調子良くしゃべってる人に対してこう突っ込むのか、こうやるのかみたいな。間ですね。間とか空気とか。」

 

アサダ「お笑いもそれこそ米田さんの本につなげると、なんかつながらないもの同士をつないでいく術みたいなものが編集的なもので、談志さんとかめっちゃそういうところあると思うんですけど。」

 

米田「談志さんといえばイリュージョンでが、その辺はもう常人では近づけないところで、魔術みたいな。そういうところの発想をしかもライブでするところが。
ロックでもプロレスでも、結局、ライブ。ライブが好きだったってことと ヒップホップが好きだったことと、お笑いが好きだってことは、確実につながっている。」

 

アサダ「その2つのものを満たす一つのものとしてのお笑い、ってのが、なんかこうおもしろいですね。その背景はかなり。」

 

米田「ヒップホップって言葉自体はよく知らなかったけど、小6ぐらいの時に聞いて、なんかこう、黒人が持つファンクネスみたいなのは感じましたね。
その前だとドリフターズのヒゲダンスの音楽が最初の僕のファンクネスです(笑)」

そのまま奥の棚に進みます。

ビジネス~自己啓発本の棚

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ここに「僕らの時代のライフデザイン」が置いてありました。

米田 「お笑いとアートとか映画に対する異常な好奇心は、小・中学校のときにすでにあったんですけど。旅はその後にきました。10代の時の本とか映像とか音楽の刺激を越えるものが旅だった。実際に行って触って食べてみたいなものは、僕には最高のエンタテイメントとして次にやってきたという感じです。
お金と、移動に自由に使える時間が、大学生時代にならないと手に入りませんでしたから。」

 

サトウ「きっかけみたいなのは子ども時代からあったのですか?憧れとか」

 

米田 「そんな、盗んだバイクで走り出すみたいなことはなかったけれど(笑)、幼稚園の時に三輪車で10kmぐらい冒険をしたことがある。親に捜索されたんじゃないかな。なんか、当時から逸脱したいという願望のようなところがあった。
旅は本格的には大学に入ってからですね。」

 

後藤「(「僕らの時代のライフデザイン」は)今のビジネス書と違うところがおもしろいと思う。答えが書いてない。問いだけ。」

 

米田「Q&A方式では感動するのって僕にとってはQなんです。普通はAの見事さや鮮やかさなんだろうけど。Aを考えながら反芻する。10年後に読んだ本の答えがわかったりなど、時空を超えて、本が生きたり、作者のことがわかったり、アートのことがわかったりするのがおもしろい。」

 

米田「(「僕らの時代のライフデザイン」は)どの棚にも置かれたくない、カテゴライズされたくないけれど、逆にどの棚にも置いて欲しい。
旅本でもないし、ビジネス本でもないのは結果的によかったかもしれない。」

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米田「レイモンド・マンゴー著の「就職しないで生きるには」。これ通常、本屋で仕事のコーナーにあるけど、就職しないで生きる方法とか全然この本書いてない役に立たない本なんですよ(笑)
名著とか最近言われることも多いけど、ハウツー本としては全然名著じゃない。でも、だからなんか元気が出る。
“はじめに”の最後のパラグラフだけでこの本は価値があると思ってて。「私がまだ20代で~」からはじまる部分ですね。

“仕事は美しい言葉になり、それは最良の遊びになっていく。それが自分の報酬であると。その仕事がいいものなら充実感があって、根源的で。無理しないことは忘れるな。”

このパラグラフだけでこの本は価値があると思ってて、あとの8割はこのオッサンが古本屋をどうやってやったかっていうあんまり役に立たない話です(笑)」

この本の前書きを読むために、5回は買い直しているそうです…!

海外本棚

次はどこにしましょうかと聞いたら、「海外」の棚になりました。

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米田 「ジャック・ケルアックの「オンザロード」。はっきり言って、これも読んでも意味がわからないんです。最初から最後まで読み通せたことはないってくらい。ラリって確か3日ぐらいで書いたのかな。でも、高校ぐらいで、読んで気分だけはハイになったことを覚えています。」

 

後藤「米田さんにとって本ってどういうものか。読んで自分の人生に影響を与えるものか。音楽みたいなもの、言葉が鳴ってるようなもので、よくわからなかったけれどこうやって生きていこうという考えが生まれるというよりは、あるムードになるようなものなのか。文学を文字、意味と捉えているのか、何かを喚起するものとして読むものなのか。」

 

米田 「後者ですね。前向きな合法ドラッグみたいなものです(笑)。自己啓発書は、最初から自分を啓発するって体でこられるのでツライ。情報摂取と読書体験は違う。読書体験という通過儀礼を抜けたら、前とはなんか違ってた、というのがおもしろい。人間って人から「こうなれ」って言葉で言われると必ず反発する。子どもの頃はなおさらそう。
ここに穴があるからくぐってみろよってヨーダみたいな人から言われてくぐってみたら、なにかになってた。
そういうのが僕にとっての読書体験です。浴びて、効くもの。僕自身はドラッグ体験はしたことがないけれど、ドラッグをやってた人の話を読むのがドラッグ体験のようなもの。意識の変容みたいなことにすごく興味がありましたね。」

米田さんにとって、本がドラッグのような作用するもの、意識が変容するもの、という位置付けになるほど、と思いました。
「オン・ザ・ロード」ちょうどこの夏に映画公開されるようです。
ビートニク文学の代表作『路上』がコッポラ製作総指揮で実写映画化、8月に日本公開 -movieニュース:CINRA.NET
映画『オン・ザ・ロード』公式サイト

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「ドン・ファンの教え」

米田「大学生のときに中沢新一さん経由で知りました。文化人類学者のカスタネダがドン・ファンというメキシコの原住民のグルに弟子入りして神秘体験や修行をやったりして、意識が変容していく話で、みんな当時はそれを信じていたけど、はっきり言って、全部作者の創作でしょうね。だって、ラリって書いてるんですから(笑)。
よしもとばななさんや中沢新一さんがとりあげていて、ここ2~3年でまたブームがきていて、これ新創刊ですね。太田出版。」

 

後藤「例えば読書体験というのが、ドラッギーなものであるといった場合に、読書体験というのは
紙である必要があると思いますか?それともwebなどでも読書体験というのは生まれるものなのか。」

 

米田「電子書籍できちんと通しで精読したのって3回ぐらいしかしたことがないんじゃないかな。速読的な斜め読みはありますよ。webで長文を読むことがあんまりないのと、電子書籍だと、ページめくるのが早すぎて、なかなかそこ(読書体験)までいかない。」

 

後藤「より情報摂取の方に近い?」

 

米田「近いですね。英語の電子書籍も読みますけどね。欧米で電子書籍が浸透してるのって、アメリカ人は本の情報摂取ってことで割り切ってる部分があるんだと思う。日本人みたいに装丁に凝ったりすることはあんまりないですよね。」

 

アサダ「情報摂取じゃないっていう本の使い方が重要で、自分自身がまずどの状態かっていうことでだいぶ変わってくる。
要は自分が負担にならないというか、自分の状態、今移動中なのか、体調など、本に読まれるというか、本を読む側も読まれるみたいな、お互いある種の妄想的な体験が生まれるんじゃないかと。」

 

米田「人生のいつその本に出会ったかという点も大切かな。本って人生に寄り添うんだと思う。自分のタイミングで出会うし。映画とかもそう。旅もそう。
その時にわからなくてもいいっていうのが本かなと思う。
今の本って全部意味がわかって、それが実際に役に立たないといけないみたいな傾向があるけれど、そういう意味では、僕は役に立たなくてもいいとすら思っています。すぐ役に立たないからこそずっと考えて、長持ちするというか。」

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ジョン・レノンとオノヨーコの写真の表紙から。

米田「例えば、War is Overって曲があるじゃないですか。ちゃんと聞いたことあります?
曲の最初に、二人がささやくのが聞こえるんです。何て言ってるのか気になったんで中学校のときに歌詞カードを読んだら、
Happy Christmas,Yoko.
Happy Christmas,John.
って書いてある。
でも何回聞いても、Happy Christmas, Kyokoって聞こえる(笑)。
ジョンとヨーコは二人とも再婚で、当時、前の旦那さんと前の奥さんの子どもが離れてるところに住んでいた。前の旦那さんとの子どもがキョーコさんで、前の奥さんとの子どもは有名なミュージシャンのジュリアン・レノン。二人は会えない子供たちに向かって、レコードを使ってクリスマスのメッセージを送ってたんです。
本当は、
Happy Christmas, Kyoko.
Happy Christmas, Julian.
なんです。
だから歌詞カードが間違ってて、ほうら、僕の方が正しかったって(笑)」

 

アサダ「その間違ってるのおもしろいですよね。」

 

米田「おかしいなと思ってたのは、Happy Christmas,Yoko. ってヨーコさんには言うわけない。
だから、これは絶対に違うと思ったら、町山さんがラジオでまったく同じこと言っていて、やっぱりそうだったんかと謎が解けた。25年ぐらいずっとひっかかっていたこと。それがこの前わかった。

 

アサダ「自分の中でずっとあたためていたものが。」

 

後藤「映画とか音楽とか小説とか、そういうことありますね。」

この棚と3冊の本から、米田さんの読書論「情報摂取より読書体験」「その時わからなくても、何年でも後からわかればよい」が語られることに。

音楽の棚

地下フロアの本棚も回ろうとして通りがかかった音楽の棚。
目に留まった「ラップのことば」の話に。先ほどのお笑い~サブカル棚からの流れを感じます。

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後藤「デザインのイノベーションの話をするときに、日本語ラップっで実感としてわかりやすいなと思っていて。
集合知ってわけではないけれど、これは使ってもよいとか、500年前のことを引用してもよいとか。
デザインやクリエーションが個人のもの、内部のものというよりは、パクリあってもよいみたいな。共有。
日本語ラップの話を使って、(デザインの)イノベーションの話をどこかでさせてくれないかなと思ってます。」

 

米田「そう、ラップって、日常の言葉のデザインだと思っていて。
要するに、正当な教育を受けたデザインじゃなくて、ストリートで絵を描くように言葉を使ってクリエーションできるんだってことを日本語ラップは教えてくれた。」

 

アサダ「その日本語ラップのような話って、文化のリユース・リサイクル的な話につながる。
例えばそれが何か政治的に使えるとか、地域のコミュニティのアイデンティティに使えるとか、
言葉自体をやりとりすることで、もう一回何かを使い直している。」

 

米田「文学性や叙情性ということは、歌でもあるんだけれど、運動神経とか身体性みたいなことがものすごく強烈にあるのがヒップホップのいいところで、運動神経がない人にはできなかったりする。理路整然とした文章が書けるのと、リズムとか身体性が入ってるというのは、また違う。
日本語はその昔から五七五があるし、言葉ってリズムなんだ。リズムによって印象が変わるということはすごく思いますね。」

ここから「身体性」について。言葉にしにくいことではありますが、お三方の考え方が伝わってきます。

アサダ「身体性とか運動機能とかあると思うんですけど、それをどう表現してよいのかずっとわからないんですが、なんかそういうのってあります?
自分ができているのか、その人はそういうものを感じるなと思ったときに身体性としか言いようがないというか。」

 

米田 「ほんと身体性としか言いようがないというか。座学じゃないという感じというか。立って、身体を動かしながら実験室で実験やってるみたいな。」

 

アサダ「身体性とはほど遠そうな、例えば研究でも、身体性を感じる研究者は居る。フィールドワークみたいなものではなかったりしても、その人の中に、その人が目指しているものとか、今ここに居て何かを訴えようとしているものがあると思います。諸々宿るものが。」

 

後藤「像が浮かんだり、熱がある。熱いって意味じゃなくて、自分が感じられる血が通っているみたいなものが僕にとっての身体性。
文体が熱い訳ではなくて、みんなではないけれど僕にとっての身体性があるというか、つかめるような何か。研究でもそれは起こりうるのかなと思います。」

地下フロアに移動しました。
どこに行こうかなと考え中の米田さん。
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アウトドア棚

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米田「僕、アウトドアはやらないんですけど、ハイキングとかはよくするんです。早起きして、一人で1日で帰ってこれる距離ぐらいの山に登ったりします。子どもの頃、福岡の油山という山に虫や沢ガニをよくりに行ってたんです。それが原点かもしれない。」
「Into the Wild(荒野へ) 」は好きで、「ノマド・トーキョー」にも影響を受けました。現代社会を否定した学生が、アラスカを目指して放浪し最後は死んでしまうんですが、彼が手記を残していたんです。これは本じゃなくて、映画から入っている。(監督は)ショーン・ペン。」

「本格的に山などに登らない代わりに、自分なりの冒険を開発できないかなと思っていたんです。それがノマド・トーキョーです。
そんなに山登りの知識もあるわけではないんだけれど、都市の中の秘境みたいなものが見つけれたらおもしろそうって。東京で東京の見方変えるようなことができたら、わくわくするんじゃないかって。」

「(山登りなどをあえて)うまくならないようにしている」という言葉が印象的でした。

建築棚

最後、「苦手」だという建築の棚へ。
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米田「建築は苦手ですね。すごい苦手ですね。一応藤森信照さんの本を読んだり、関連する展覧会に行ったりはしているんですが、建築について語るなどは一回もやったことがない。」

 

アサダ 「建築は逆の背景というか背景の裏返しになるのでは。なぜ自分にはその関心が抜け落ちているのかというような。」

 

米田「何で俺、建築がこんなに苦手なんだろう……」

 

サトウ「定住の象徴だからだと思います!」

ここでみなさんなるほど!となったようでずいぶん笑いが。
これまでの本棚トーク、米田さんがずっと移動や意識の変容について語られてたので、当然のことのように思えましたが、こ自分では意識しづらいことなのかもしれないです。

米田「動かせない、動かない。可変できない。そういうものが苦手なのかな。
でもね、たとえば、厳島神社の建築方法って、柱立ててその上に乗せているだけで、波で流されても、簡単に組み立てられるっていう話を聞いたときはいいなって思いましたね。毎回、組み立て直すことが前提であるってことが素敵。
固定されてる、固められてるものは好きじゃない。だからガウディは好きですね。サグラダ・ファミリアは行ったときに、うぉーっとなりました。」

 

アサダ「固定されたものからジャンプして、妄想していくみたいな。」

 

米田「(なぜ建築が苦手だったか)今わかりました(笑)」

 

アサダ 「でも(「僕らの時代のライフデザイン」には)テーマの中にリビングがある訳じゃないですか。ワークの他に。
苦手なことってさくっと分かれてる訳ではなくて、要はグラデーションがある訳ですよね。米田さんの中で。」

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ここでオチのように出てきた!「就職しないで生きるには」
建築からグラデーションのように、住み方、暮らし方につながります。改めて棚作りに関心するみなさん。

米田「建築に続いて、インテリアも実ははすごく苦手な分野なんです。もちろん、心地いい空間や、部屋、家具は大好きだけれど、インテリアというカテゴライズがなんだか苦手なんです。
それと反対にファッションは好き。着たり脱いだりできる。自由度みたいなものが高い。乗り物も好き。移動できるので。

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ちょうど平置きしてあった安藤忠雄の本。米田さんは自分と真逆な感じがするそうです。

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「背景本」として選ばれたのがこちらの5冊。
これから建築の本も読んでみようかな、と米田さん。なんだかうれしいです。

米田さんコメント。

僕が影響を受けた本(『漫才病棟』ビートたけし著、『就職しないで生きるには』レイモンド・マンゴー著、ジョン&ヨーコ写真集『War Is Over』)とこれから読みたい本を選書させていただく「選書ミニツアー・リアルコメンタリー付き」を企画していただいたのは、初の体験で、非常に面白かったです。

特に自分がなぜか嫌いではないけれど、苦手の意識のある建築分野の本を逆に今後は読んでみたい、と安藤忠雄さん挙げたところ、「それは当然、建築というのは人を定住に縛るものだから、米田さんは苦手なはず」とご指摘された時は、長年のもやもやが晴れた気がしました。確かに安藤さんの建築はガッチガチにコンクリートで固められてるような気がしていて、僕が好きな「余白」「可変」が盛り込まれていないような潜在意識があったと気付いけたのは驚きでした。だからこそ、今後は建築関係の本をあえて積極的に読みたいと思います。

 

本棚ツアーを終えて

お笑い、ライブ感、身体性、移動すること、がいろんな本棚の前で繰り返し語られました。
著書「僕らの時代のライフデザイン」や、NOMAD TOKYOの背景にあるもの、米田さんが影響を受けた本や人、原点のようなエピソードが、米田さんの中でもリアルタイムに思い出されていく様子を見るのがとても刺激的でした。

今回の本棚ツアー、実験のため30分ちょっとという短い時間でしたが、とても濃密でした。
「背景本」を知りたいと思ってはじめましたが、本を媒介に「背景本」の更に背景にある話や、本棚を背景に語られる3人のトークが展開したことが興味深かったです。まるでインタビューのようでした。

スタンダードブックストアはよく行っているのですが、
米田さんが本棚と本屋を読む「旅」に同行したことで、私の本棚の見方もまた少し変わったように思います。
一緒に歩いた本棚を通って本を見る度に、ここで話されたことを思い出すのではないかと。

掲載した写真とはまた本の位置が変わってるとは思うのですが、スタンダードブックストアで興味を持った本をぜひ探してみてくださいね。