2016年5月18日

アサダワタルさんの「背景本」

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お世話になっている美術家の方に作ってもらったキャリー式の本棚そのものは、以前は大阪で運営していたスペースで活用していたもの。棚のラインナップは偏っているのだが取っ散らかっているのだかわかりませんが、置いている部屋も数カ所に分かれているし、よく考えたらちゃんと系統立てて整理したことなど一度もないので、見つけたい本が見つからないこともしばしばです。でも、お客さんが来るたびにちょっとだけ整理したり見返してみたりするだけでも、毎回、改めてもう一回読みたくなったり、読んでなかった本を「今かな」と思って取り出してみたりするのは楽しいですね。

 

アサダワタル

日常編集家

1979年大阪生まれです。滋賀と東京、京都と大阪あたりに大体います。人が日常を淡々と営むことと何かを表現しよう立ち上がってみることとの間について考えてます。手段は、文章と音楽とプロジェクトを創作することです。

 

アサダワタルさんの背景本@自宅

 

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『現代ロックの基礎知識』 鈴木あかね 、ロッキング・オン

確か大学二年生のとき、学内の音楽系サークルのみでしか活動できていないフラストレーションのなか、もっと外にどんどん出たい思いをモヤモヤさせながら読んだのをぼんやり思い出した。いま考えても、不思議なロック本でなんせいきなり冒頭から「失業」と「うつ病」を切り口にブリティッシュロックを語るという内容。語り口はめちゃ軽妙だけど、すごくいま読み返しても面白い本だなあとしみじみ感じた次第です。何が面白いって線を引きまくっているあげく、裏表紙に謎の自筆のメモが。。。「4つかど下り坂→こわい→減速した!! 猛スピードで走れるところじゃない→迷い込んだ」って、おいおい、あたし大丈夫かしら。

 この大学生という一派、ロック的には重要なキーワードである。18歳人口の4割が大学に行く今の日本では、大卒の肩書き自体はそれほど大きな意味を持たない。とろこがイギリスでは同世代の2割だけ、しかもほとんどがミドルクラス出身者である。オアシス兄弟がレディオヘッドのことを「大卒のくそ野郎」という時、完全な差別用語であり蔑称、しかも前述のように羨望も多分ほとんどない、単なる軟弱野郎という悪口なのだ。(091-093)

 

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『オルタカルチャー 日本版』メディアワークス編

みよ、このボロボロ具合。どんだけ愛読してたんだって感じで誠に恥ずかしいが、予備校のときに今は亡き千日前プランタンにあったビレッジバンガードで買いました。これがきっかけでノイズ系文化、ボアダムズやダムタイプなど関西発のカルチャーシーンの存在を知り、ズブズブ地下へと降りていったような。なんせ辞典なんで「あ行」から始まるんだけど、トップバッターが「アイコラ」。ひえーですね。これも色々と線を引いていて、なぜか「い行」の「陰謀史観」がグルグルと赤で引かれていて、大学一年生のときにサークルの部室にこれ置いていたら、友人に「なんで陰謀史観に線引いてるの?w」って爆笑されたことを思い出しました。

(陰謀史観とは)世界の事情を理解・説明するときに用いられる「物語」の一類型。世間に流布された知識は偽りに満ちており、正しい情報は隠蔽されているとの信念を前提として、現実の背後に何者かの支配や操作を読み取る。(045)

 

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『これがマコトの「日本の大論点」』 大竹まこと、宮﨑哲弥、講談社

これ、大学四年生のときにバイクで事故って入院して、無事退院したもの半年くらい右足が思うように動かず、しかも就職活動もせんとプラプラしていたときに、「ああ、自分は駄目なんだ」と悟った際にたまたま買った本。すごく面白くて単純に元気がでた。大竹まことさんが、「くだらんことで悩むな」ってすごくズバズバって言ってくれた気がして。そのなかで「高田純次が見いだした絶対的な贅沢」という節があり、それはなんだか本当にステキな風景で、自分が体験したようにはっきりイメージを描けたのです。

「女房とガキは毎日風呂屋に行くけど、純次は三日に一回、あとの二回はやっぱし流しで体をふいていた。その頃、純次はセキセイインコを飼ってたのね。女房とガキが風呂に行ってるあいだに、そいつをカゴから出すんだってさ。自分が体ふいているあいだに、そのへんをインコが飛びかう。とっても贅沢な気分がしたって言うのよ(笑)。オレもそれは贅沢だと思う。」(136)

 

 

「旅」を終えて

驚くほど自分にとって「古い本」がないんだなって思いました。ようは「懐かしい!」って思うようなタイプの背景本があまりない。ということは、僕はあまり本を読んでなかったんだと思います。事実、本を読み始めたのは予備校くらいからで、小中高とほんと本には縁遠かった。だから2000年付近のものはそれなりに懐かしく、まだ棚にも残ってるんだなっていう意味では、何かしら自分の背景を彩ってくれたんだと思います。CD棚だったらもっと「懐かしい」感があったんだろうな。でもそれはそれで新鮮で、また十年後、二十年後と続けて本棚旅行していけば、ステキなのかもしれません。